寂しい夕暮れ家当主代々の履歴です。

現当主(第3代)

  名前 武力 知力 統率力 政治力 計略 資金 兵糧 年齢 勝率 仕官月数 自己PR 階級 削除まで
寂しい夕暮れ 68 39 27 295 84.5pt 2570000 1240000 57 14.3% 149 元帥(35591) 96時間

世代 名前 武力 知力 統率 政治 在任期間 退役年齢 退役理由 コメント
1 寂しい夕暮れ 26
→26
39
→39
26
→26
143
→143
1600年1月
〜 1600年1月
(0年 0ヶ月)
59 引退 寂しい夕暮れ家の初代当主である。
2 寂しい夕暮れ 16
→59
24
→44
16
→33
132
→247
1600年1月
〜 1657年2月
(57年 1ヶ月)
72 引退 寂しい夕暮れ家の第2代当主である。

個人実績一覧
タイトル 順位 数値 全体平均
戦闘能力 145 / 163 134 263
総合能力 🏅【6】/ 163 429 377
武力 54 / 163 68 89
知力 129 / 163 39 89
統率 159 / 163 27 83
政治 🥈【2】/ 163 295 113
功績 🏅【5】/ 163 35591 23425
撃破数 148 / 163 3 60
敗北数 142 / 163 18 60
勝率 151 / 163 14.3% 42
計略 158 / 163 84.5 214
高齢 60 / 163 57 46
幸運度 100 / 163 -5.1 0
相対幸運度 114 / 163 -10.6 0
登用成功数 60 / 163 0 1
資金効率 🎖【17】/ 163 1825900 1034625
宿老 120 / 163 149 457
連勝 151 / 163 0 5
連勝(出兵) 138 / 163 0 5
連勝(守備) 141 / 163 0 2
3枚抜き 90 / 163 0 1
兵削り数 146 / 163 8608 100730
勝利数(出兵) 145 / 163 0 35
勝利数(守備) 141 / 163 3 24
勝利数(扇動) 24 / 163 0 0
落城数 107 / 163 1 3
城壁破壊数 90 / 163 9095 15897
農業開発 🎖【19】/ 163 2365 582
商業発展 🏅【10】/ 163 4107 682
治安増 🏅【6】/ 163 5271 1003
技術開発 53 / 163 249 566
守備兵配置 24 / 163 24620 9443
城壁強化 41 / 163 674 795
建設 60 / 163 1 6
警備 🥇【1】/ 163 33 0
天完天罰 130 / 163 8 22
天完天罰率 🏅【6】/ 163 33.3 17
城壁戦数 120 / 163 2 7
移送量 🥇【1】/ 163 0
配布額 - -
国宝購入額 - -

個人履歴一覧
[1600年00月] 冬に仕官する。 (01/09/(Thu) 20:51)
[1610年05月] [国ランク:17位]「冬の軍目付として褒められたい同盟と激戦を繰り広げるものの、ついには刀折れ矢尽き冬滅亡。世話になった冬を懐かしみつつ在野を流離う。」 (01/13/(Mon) 13:34)
[1610年05月] 所属国の冬が滅亡し、在野を流離う。 (01/13/(Mon) 13:34)
[1610年10月] 登用を受け北魏へ仕官する。 (01/13/(Mon) 15:15)
[1636年01月] [国ランク:暫定7位]「北魏の五個(諜) として恥を知るサル国と激戦を繰り広げ、ついには勝利し全土統一に向け一歩を前進する。」 (01/17/(Fri) 20:14)
[1672年12月] [国ランク:4位]「北魏仕官してサンクチュアリとの激戦に参加するも、あと一歩ながら決勝進出ならず。北魏、散る。再起を誓いつつ在野を流離う。」 (01/23/(Thu) 23:58)
[1672年12月] 所属国の北魏が滅亡し、在野を流離う。 (01/23/(Thu) 23:58)
[1673年04月] 登用を受けギャルへ仕官する。 (01/24/(Fri) 01:19)
[1684年11月] [国ランク:3位]「ギャル仕官して三青斎との激戦に参加するも、あと一歩ながら決勝進出ならず。ギャル、散る。再起を誓いつつ在野を流離う。」 (01/25/(Sat) 23:27)
[1684年11月] 所属国のギャルが滅亡し、在野を流離う。 (01/25/(Sat) 23:27)
[1686年10月] 登用を受け三青斎へ仕官する。 (01/26/(Sun) 07:06)
[1699年03月] [統一]「度重なる激戦を勝ち抜き、見事に統一を果たした三青斎。その一員として決勝を戦ったあなたの存在もまた、三青斎の統一と共に歴史に刻まれる事となった。(所属国での統一)」 (01/28/(Tue) 08:58)